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August 20, 2013

母の死

8月20日

2013年8月5日 母が亡くなった。
亡くなってから既に半月が経過しているが、未だにその実感がない。
確かに、8月5日に病室で亡くなったのを確認し、葬儀、荼毘と一通りの儀式を終え、実家の床の間の前に骨壺と写真があるわけだが、未だにその実感がない。

実家を出てから既に26年が経過し、一緒に過ごした以上の年月がたっている。
そんなこともあってか、常に一緒にいる日常で無かった。週末に孫を連れて遊びに行く、仕事の帰りに寄る、そんな日常だった。

昔、この季節に悲しい出来事があったけど、そのときも時間がたつにつれ、悲しみが増していった。今回もそうなのかもしれない。

ただ、そのときとの違いは、死の前日の日曜日、病室で8時間くらい一緒に過ごした。午前中は話しかけると答えが返ってきたのだが、午後になると答えが返ってこなくなった。苦しそうに息をしている姿が思い返される。看護婦さんからは今晩と明日は携帯電話を常に近くに置いておいてくださいと言われた。ただ、近くで声をかけるとこちらを振り向いてくれた。呼吸は安定していたことから、次の日は仕事へ行った。その最中に妹からの電話が鳴った。急いで駆けつけたが、残念ながら道の途中で帰らぬ人となっていた。

母は昨年4月に乳がんの再発と診断され、5月には肺への転移が見つかった。抗がん剤での治療をしていたが、11月になり肺炎で入院、このときはなんとか一命を取り留めたが、7月7日に高熱を出し入院。抗がん剤の影響で白血球数が300まで低下した。その後、白血球数は戻り、退院したが、居間で寝ていることが多くなった。
8月1日の夜、風呂上がりに妹の前で倒れた。救急車で搬送されたが、なぜか専門の当直がいないという理由でかかっていた病院に搬送を拒否されるという心証が悪くなる事態も起こった。結局は受け入れてくれたが、そこでの医者の説明にボクと妹は呆然とした。
「今晩か明日まで持てばよいくらい、ひどい状態である。」
酸素吸入をしながら病室へ行ったが、意識も戻り、会話もできたことで一安心した。
その後、大部屋に移り、このまま回復して帰れるのではとの期待を持った。しかし、8月3日に苦しいということで、個室へ移った。新たな酸素吸入のマスクが装着された。後で、これは重傷の患者用ということを知った。この日は母の弟が見舞いに来て、話ができる状態だったことから安心して帰って行ったばかりであったが、個室に行ってからも目を閉じて寝ていることが多かった。一抹の不安を抱えながらも、まだ大丈夫だろうと思っていた。

最後に交わした会話は何だっただろうか。思い返すが、覚えていない。何か声をかけたときに「駄目だね」と言ったことは覚えている。これが最後だったのだろうか。いや、日曜日に帰るときに手を握って話しかけたのが、言葉は無かったが、最後の会話だったと思う。

書いていていろいろな思いがこみ上げてきた。

なんでこんなことを書いているかもわからない。なんとなく、書きたかった。

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